蔭深いこの谷間に
一息の空気も波立たない。
渓流の畔から辺り一帯
樹々は巌のように動かない。
遙から、それに水をそそぐ丘々と同じく古い渓流も
静けさを乱さず、かえって深める。
他の全てのものは静かで不動だ。
だが、こういう時ですら外界で吹き荒れている風から恐らく逃れて来た
わずかな微風が入ってきた。
それを、がっしりしたオークは感じなかったが
その静かな触感に対して
軽やかなトネリコの樹の何と敏感なこと!
あそこの、ほの暗い洞の前額から垂れかかった、そのトネリコは
表面上、全く静寂と感じられるうちに
ゆるやかに動く大枝で
静かな視覚音楽を奏でている。
それは殆ど歌声に劣らず力強く
さすらう人の歩みをとどめ、その想いを慰める。